転職〜会社を辞めて気づくこと〜 / 高任 和夫

2020/07/12
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感想

約20年前の本(1998年発売)だが、予想外にとてもおもしろかった。

総合商社(三井物産)で働きながら作家活動をしていた著者は、50歳で退職した。 退職してみてわかったことや、サラリーマンのばかばかしさ、妻とのつきあいかたなど、実体験を元に書かれている。

仕事とは、時間とは、人生とは、を考えさせられる内容。また、山一証券の元社員たちの話もいくつか書かれている。

会社のために使っていた時間

著者は1週間に4時間×6日=24時間、つまり週7日のうちまる1日は酒を飲んでいた。9時から20時まで会社にいたので11時間×5=55時間、さらに往復3時間の通勤×5=15時間、よって会社と通勤で70時間であり、週7日のうちまる3日は会社のために使っていたことになる。

睡眠は7時間×7日で49時間なのでまる2日であり、会社へ行って寝るだけで5日を使っていたことになる。毎日の朝と夜の食事や風呂の時間が2時間とすると週7日で14時間となる。つまり、著者は1週間を酒1日+会社3日+睡眠2日+朝夜14時間で自由時間は10時間しかなかったのである。

休日出勤する人やもっと残業する人はこれがなくなる。著者は酒をやめたが、まだまだ時間が足りなかった。すると、酒以上に時間を使っていたもう1つのもの、すなわち会社生活をいつまで継続するかという難問に直面した。時間への飢餓感を定年まで抱き続けねばならないのだろうか。それはいったいなんのために?

中高年の管理職は再就職できない

中高年の管理職に再就職のクチはないのはあたりまえなのである。

現場感覚を喪失し、特定の企業の中でしか通用しない感覚と論理ばかりが肥大化したやつを雇う企業のあるはずがない。

サラリーマンへの違和感

著者はあるときを境に、サラリーマンが群れることを嫌うようになった。

それまでは完璧な会社人間だったのに、40歳に近づくにつれて、日夜群れて会社のことばかり話しているサラリーマンに違和感をいだくようになった。

経営者は24時間働けばいい

不況のときは「会社のために」という幼稚な正論を押し通そうとする権力者が幅をきかす。著者は会社の経営者というものは、24時間働けばいいと思っている。経営とはそういうものだ。それゆえに高給をはみ、人事権を持つ。

だが、労働者はそうではない。契約にしたがって働けばいいのだ。そこを勘違いして、社長が8時にくるからといって慢性的に7時半に出社することはない。まして、自分が早く来るからといって、部下にもそれを強要するのは論外だ。部下の面倒も見ることが出来ないのに、それは思い上がりというものだ。

定年退職は妻にとってストレス?

著者の近所の沖村さんが定年退職してほどなく、風邪1つひいたことのなかった奥さんが体調を崩した。病院で検査をした結果、どうやら夫が家にはいったことによるストレスからきたらしいとわかった。著者にとっても他人事ではない。

「主人はこれまで会社に拘束されていた時間は、退職すれば全部自分の時間になると思い込んでいたんですよ」と奥さんは言う。だから、時間の取り合いっこのようになったのだ、と。「夫は家を何十年も留守にしていたのに、家に入るなり、いきなりリズムを崩すんだから困るんですよ」そう言われても、聞いている著者も困るのである。

社内向けの、自己宣伝の仕事はやめる

時間は有効に使わなければならない。日本のホワイトカラーの効率の低さはつとに指摘されるところだが、つまらない仕事で忙しがるのはやめることだ。何よりも社内向けの、自己宣伝の仕事はやめる。外で通用する実力とは何の関係もない。

つとめて残業はしない。仕事の付き合いで酒は飲まない。たった20日くらいの有給は全部使い切る。著者はつとめてそのようにやってきたが、これで支障があったかというと、たいしてなかったのである。

このくらいで支障がでるくらいなら、さっさと辞めたほうがいい。長くいてロクなことはないだろう。だいいち、つぶれるんじゃないか、そんな会社は。

役職の順番

上から部長、次長、部長代理、課長、課長代理、ヒラ。次長と部長代理と課長でどれが偉いか、知らない人は多い。

会社一途主義の弊害

終身雇用制度の中に秘められていた会社一途主義が、人の精神を偏狭なものにした。全生活を会社、というより上司に捧げる競争を社員に強要した。そこまでしばられては、人は他の生き方を探すのは容易ではない。

そもそも、まともな神経を持った人は、40歳、50歳を過ぎて、なお会社のために一生懸命働けるもんだろうか。著者はそれを疑う。創業者ならわからないでもない。だが、普通のサラリーマンが、そのように働くには、ある種の狂気が必要だろう。人とは、もともと、そのような構造になってはいないのではないか。それゆえ、かつては隠居という制度があったのではないか。

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