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石破茂の「頭の中」 / 鈴木 哲夫

2022/06/26
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感想

党幹部とは反対の意見を言える石破さんのような人が自民党内にいることは、とてもいいことだと思う。

安全保障問題に関しては現実を冷静に把握している印象を受けた。

平成2年の衆院選では、選挙で不利になるのを覚悟の上で「消費税賛成」と言って選挙戦を戦ったという。
「嘘をついてまで代議士になるのはイヤだ。消費税賛成と言って落ちるのなら仕方がない」というのは、なかなか真似できることではないと思う。

「我々が究極的に忠誠を誓うべきは国民であって自民党本部ではない。国民の声を党内で議論して、自民党と国民の距離を近づける努力を常にしなければならない」と言っているように、自身の選挙のためや自民党のためではなく、国民のために活動している数少ない立派な政治家だと思う。

第1章:プレッシャーの中で育った少年期

  • 昭和32年東京生まれ。
  • 建設省の事務次官だった父の二郎が鳥取県知事になったため、1歳半で鳥取に移住。
  • 二郎は昭和49年に参議院議員となり、昭和55年には鈴木善幸内閣で自治大臣兼国家公安委員長を務めた。
  • 母の父も官僚であり、徳島と山形の県知事を務めた。
  • 鳥取大付属小中学校を卒業後、上京して慶應義塾高校に入学。

第2章:石破茂の家族の肖像

  • 昭和50年に慶應大学法学部に入学、卒業後は三井銀行に就職。
  • 昭和55年に父が病に倒れ翌年死去。
  • 昭和58年に大学時代の同級生と結婚。
  • 田中角栄に衆院選出馬を勧められ退職、昭和61年の第38回衆院選で当選。

第3章:政治家・石破茂の歩み

  • 昭和62年に長女、平成2年に次女が誕生。
  • 平成2年の第39回衆院選では消費税が争点となっていたが、どの候補者も票集めのために「消費税賛成」を口にすることはできなかった。
    しかし石破は「嘘をついてまで代議士になるのはイヤだ。消費税賛成と言って落ちるのなら仕方がない」と考え「消費税は絶対に必要!」と言って選挙戦を戦い、その結果トップで当選した。
    この体験は「嘘をついてはいけない。本当のことを言えば有権者はわかってくれる」というその後の政治姿勢を決めた。
  • その後、石破は「本来国会議員が作るべき予算案や法律案を官僚が作っている。また、国会議員が当選し続けるために選挙区に帰って地元の利益のために働いてばかりだが、それは県議会や市議会の議員がやるべきことだ」という状況を変えたいと考え、小選挙区制導入のために動いた。
    小選挙区制であれば「投票した政党のトップを総理大臣にする」という意思表示となる。
    中選挙区制では同じ選挙区に同じ政党の候補者がいるため、地元の利益になる候補者を選ぶ傾向が強くなってしまい、候補者は国防や外交ではなく地元の利益しか語らなくなってしまうのである。
    平成5年、宮沢内閣は自民党内の反対により小選挙区制導入法案を提出できなかった。
    これに対して内閣不信任案が提出され可決された。
  • 平成5年の第40回衆院選に無所属で当選、その後は新生党、新進党に所属するも、平成8年の第41回衆院選の前に離党し無所属で当選、平成9年に自民党に復党した。
  • 平成14年、小泉政権で石破は防衛庁長官となり、初めて国務大臣に任命された。
    小泉は小選挙区制反対であり、小泉と橋本の総裁選の際には石破は橋本を応援していた、など相対する立場だったにもかかわらず任命された。
    石破は「これからも自民党はそうあるべきだと思います」と述べている。
  • 平成19年の福田内閣では、防衛大臣に任命された。
  • 平成20年、海上自衛隊のイージス艦と勝浦の漁船が衝突し、漁船の船長と息子が行方不明となった。
    石破は家族を訪ねお詫びし、数日後には福田総理も訪ねた。
    福田は「石破大臣を辞めさせないでください」という手紙を受け取ったが、石破に「僕と君だけの話にしておこうね」と言った。
    普通なら政権への批判を交わすためにマスコミに流したいところだが、福田は「ご遺族の気持ちを政権に利用してはいけない」と考えたのである。
    石破は防衛大臣退任後、電車で勝浦に行き死亡認定された2人の慰霊会に参加した。
    その後、毎年お盆には勝浦を訪ねている。

第4章:混乱する日本の制度と近付く総理の座

  • 平成20年、石破は総裁選に出馬したが麻生が勝利、麻生内閣では農林水産大臣に任命された。
  • 平成21年の第45回衆院選で民主党政権が誕生、石破は自民党の政調会長に任命された。
  • 平成24年の総裁選に出馬、第1回投票でトップになるも決選投票で安倍に敗れ、石破は幹事長に任命された。
  • 平成26年の第2次安倍改造内閣で幹事長を退任して地方創生大臣に就任した。
  • 平成27年には自らの派閥である水月会を発足し、首相就任を目指す意欲を見せた。

第5章:石破茂の国家論

  • 日本で実施されている金融緩和は「民間の銀行や証券会社が持っている国債を日銀が買う⇒お金の量が増え価値が下がる⇒円安になる⇒外国人投資家が日本の株を買う⇒日本の株価が上がる」というものである。
    結果として金融緩和政策は成功しているが、大量のお金が流通するようになっても賃金が上がっていないため個人消費も増えていない。
    根本的な解決のためには地方創生が大事である、と石破は考えている。
  • 石破は防衛に関して以下のような主張をしている。
    • 北朝鮮の脅威に対して「有事の際にアメリカの保有する核兵器を使う権限も含めて議論すべきだ」
      ドイツ、イタリア、オランダ、ベルギーにはアメリカの核戦力が配備され、使用についてはアメリカとそれぞれの国が権利を持っている。
    • 非核三原則について「核の傘で守ってもらうと言いながら、国内に置きませんというのは抑止力として十分なのか」
      批判の声に対して「政府が国民の財産と生命を守るためにはどうあるべきかを論議するのは当然のことであり、それが政治家としての責任だ」
    • 「全面的な核保有禁止と言うのは理想論であり現実的ではない」
      「核を使用しても効果はなく目的は達せられないという拒否抑止力を高めるほかに、現実的な手はない」
    • 「現行の日本国憲法はGHQがつくったものなので軍隊の規定がないのも仕方がないが、それが今も続いているのはおかしい。昭和26年のサンフランシスコ講和条約に署名し、主権が回復されたときに憲法改正を行うべきだった。今の日本にふさわしいものに変えていくために徹底的に論議すべきだ」
    • 「今の憲法9条を読めば、普通はあらゆる軍事力を放棄していると思う。書いていないから自衛権は認められるとか、それは最小限度であるとか、そんなことは読んだだけではわからない。主権者である国民が一読しただけで理解できる、そういう憲法にしたい」

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